にゃんぶろ

備忘録代わりに色々書きます

可愛い見た目にAngénieuxのレンズ SEM社 BabySEM(初期型) を買った話

 

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おフランス

 

  

前回に続き蚤の市での戦利品。

 

イカ、ローライ、ペンタコン、エクサクタ…

フランスに住んでいるにも関わらず手元に増えていくのはドイツカメラばかり。

 

こんなことでいいのか!

大量のドイツカメラを所持しているのがバレたら公安にスパイだと疑われるかもしれないじゃないか!

これはフランスカメラを買わなければならない!

 

ということで新たな機材を買う言い訳を見つけたはいいのだが、いったい何を買えばいいのか。

レンズはまだしもカメラボディなんてFOCAくらいしか聞いたことないし。

世界一のカメラ大好き民族である我々日本人のブログを調べても殆ど情報はない。

 

よし。全くわからないから蚤の市で適当に見つけてよう。

予算は50ユーロまで。

 

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ということで見つけたこちらSEM社のBabySEM。おもちゃみたい。

いつも行く、よくわからんカメラを大量に持ってきて夫婦で売ってる店(というかスタンド)で見つけた。

カメラは旦那の趣味のようでいつも奥さんはニコニコと隣に佇んでいるだけなのだが、この日は奥さん一人。旦那は風邪を引いてダウンしているらしい。

 

ゴロゴロぽてっと可愛いようなマヌケなような佇まいにフランスの風を感じ、カバーを外して裏側を見るとあった。

全く外国へ売ることを考えていない(もしくはこの世の中の人間はみなフランス語を理解できるのだと思っているのか)フランス語のみの表示。

 

うーんでも60ユーロ?

一応ここの商品全部動くらしいけど、蓋の開け方もどれがシャッターなのかもわからないのにこの値段はなあ…

 

と悩んでいると、店仕舞いを始めたマダムに声をかけられた。

「あなたカメラ詳しい?これ仕舞い方分からないのよ…」

レチナのレンズのたたみ方を教えてあげると上機嫌になり40ユーロで持っていけというのでまあそれならと購入。

そんな適当に値引いて家で寝込んでる旦那に怒られないのか?

 

 

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 露出の説明。海外輸出は一切念頭にないフランス語オンリー。

 

 

社名やモデル名など一切書かれていない。

レンズに書かれているORECをヒントに、「OREC カメラ フランス」などと適当に検索に掛けるとどうもSEM社のBabySEMというカメラらしい。

 

SEM社とは正式名称"Société des établissements modernes de mécanique"

1942年、ドイツ占領下のフランスでカメラ開発を始め、フランス解放後に本格的に商品生産を始めた。

戦車にしろ光学機器にしろ占領下にドイツを支援する体で研究開発を進め、終戦後にシレッと自国製品を開発し発展した企業がフランスには多い。

ちゃっかりしている。

 

BabySEMの中でもこのタイプは初期型。

後期型はすっかりイメチェンし、レンズをベルチオに変え、よりフレンチで可愛らしく安価なエントリーモデルに変更された。

 

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後期型BabySEM。作りに差はないが、ガワの整形を可愛らしく変更。これはこれでほしい。オークションでは比較的高値。

 

初期型BabySEMはシャッターをレンズ横から本体へ変更し、本体の塗装を黒に変更された SEM KIM というモデルに引き継がれ60年代半ばまで販売されたようだ。

※これ間違ってました。追記参照。

 

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SEM KIM。なぜキムなのか謎。ジョンウンか?

 

その後は例に漏れず日本勢の一眼レフ大攻勢の波に飲み込まれ人知れず消えていった。

ドイツの数ある名カメラですら太刀打ちできなかったのだから、こんな単純なビューファインダー式カメラに未来など無かったのだろう。

 

余談だが、付属ケースやパトローネ室に書かれている PHOTO-HALL とはかつてパリのオペラ近辺に存在した大型カメラ販売店らしく、SEM社のカメラの殆どはここで販売されたようで私が手に入れたBabySEMはもちろん、後期型のBabySEMなどは左上のSEMのロゴをPHOTO-HALLに変更されたものまで存在する。

今の日本で言うところのマッ○カメラみたいなものか?

当時のフランスのカメラ事情を少し垣間見れたようで興味深い。

 

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5, rue scribe オペラ座のすぐ横で現在は高級腕時計店になっている。

 

 

本体の話に戻るが、まずはレンズ。

 

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ANASTIGMAT CROSS  F-15  1:2.9

 

画角は45mm、開放はf2.9。Crossは創設者の Jean Cros の名前から取られたようである。

なんとこのレンズはかのAngénieuxのレンズなのだ。

日本語で調べてもフランス語で調べても英語で調べてもAngénieux製と書かれているが正直なところ決定的なソースはない。

が、当時のフランスでまともなレンズが作れたのはルヴァロワ、ベルチオ、アンジェニューくらいのものなのでたぶんそうだろう(適当)

幸運なことに軽く清掃しただけでかなり綺麗になったので状態は良い。

 

 

写真の撮り方であるが、まずフィルム装填。

単純な作り故にこれは簡単。

 

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裏面左下のツマミを引き裏蓋を開ける。

左上のレバーを上げ、フィルムを装填しレバーを再び下げ、右側のスプールにフィルムを挟む。この時、中央の歯車にフィルムを噛ませることを忘れずに。

 

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これで…いいの?あまりに単純な作りで心配になる。

 

裏蓋を戻して装填完了。

私のBabySEMは裏蓋と本体との間に相当の隙間ができるのだが、現像した写真に影響はなかったのでこの辺の作りの甘さも気にしなくていいだろう。

 

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ガッタガタの合せ目。こんなことドイツでやれば失笑モノだし日本でやればSeppuku不可避。

 

写真の撮り方であるが、まずレンズ左下のボタンを軽く押してフィルムロック外してフィルムを巻き上げる。

一回分巻き上げたところでロックがかかる。

レンズシャッター式なので、上記写真の外側リングでシャッタースピード、レンズ横の内側リングで目測式のピント(Rollei35と同じ)を調節する。

 レンズ右のレバーで下ろしシャッターチャージをしてからレンズ左のレバーでシャッターを切る。

針の穴のようなビューファインダーは素材の劣化もあって殆ど見えたもんじゃない。

 

撮り終わった後の巻取りだがそのまま巻き戻すとぶっ壊れる。

 

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側面の小さいボタンを引き上げてから捻ると巻き戻しロックが解除される。

あとは普通に巻き戻せば終わり。

 

写真を撮った感想だが、本当にこんなカメラで写真が撮れているのであろうかというのが正直なところ。

同時代のライカコンタックスと比べるとこいつはトイカメラの部類だ。

何も写ってませんでした…って突っ返されるんじゃないか?

その場合でも現像代かかるのかなあ。ヤダなあ。 

 

 

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!!?

なんだこれは。悪くない。決して悪くない。

いやむしろ良い!

 

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おもちゃだトイカメラだと散々罵ってすまなかった。

君はれっきとした実用カメラだ。

 

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これなんてモヤっとしているようで人はちゃんと浮かび上がっている。

明るい曇天というフレア爆発しそうな場面でもしっかり持ちこたえている。

 

まさかこんなにちゃんと撮れるとは思っていなかったので心底驚いた。

私はアンジェニューの真の描写を知らないし、ましてやこのレンズでアンジェニューを語れるとは思わないが、それでも十分にエスプリは感じられた。

失敗写真が少なかったのも意外だった。目測ピントがあっていないものが数点あったが、それは私の技量のせいである。

あと巻き上げ忘れで二重露光した写真が1枚だけあった。これは何故だか初体験でなんとなく嬉しかった(謎)

製造されてからメンテナンスすらされず半世紀以上経過しているようだが、単純な作り故に故障しにくいというのが功を奏したのか、レンズの状態さえ良ければかなりいい写真が撮れる。

 

 

適当な仕事からなんとなく良い雰囲気の生み出してしまう、まるでフランス人のようなカメラ。

戦争では勝利するもカメラ戦争では日本やドイツにコテンパンに叩きのめされたフランスだが、決してカメラ劣っていたというわけではないということを改めて認識させられた。

Ciné、映像の国フランスならではのアプローチで作られたカメラはまさに流れ行く映像から切り取ったような写真を生み出してくれる。

 

たまには肩の力を抜いてRéaltの狂った露出計とBabySEMを持って適当にスナップするのも良いかもしれない。適当に。

これがフランス流。

 

 

【追記】

どうも調べてみたところSEM Kimが先にリリースされその後BabySEM初期型→後期型へと続くようだ。

その証拠にSEM Kimは25-200というシャッタースピードだがBabySEMは10-250である。

その上ややこしい話であるが、BabySEM初期型でも極初期型だけがAngenieuxレンズであり、それ以降は後期型と同じくBerthiotに変わっている。

つまり10-250のシャッタースピードが使え、なおかつAngenieuxのレンズが付いているのはBabySEM初期型の極初期型だけということになる。

これから探す人はレンズに注意!